「ミツ、もう撮らないかもな。」
サトシがつぶやくように低い声で言った。
羽月が顔をあげる。
「さっきミツくん、また撮りたいって・・・。」
羽月がサトシに反抗するように答えた。
洋二はポケットに手を突っ込んで唇を噛んでいる。

「だいぶ落ち込んでたようだし。おれらも持ち上げすぎて、
かわいそうなことしたかもな。」
「そんなこと・・・。」
 羽月は助けを求めるように洋二を見た。

「そうかもな。」
洋二は遠くを見つめたまま答えた。
「洋二・・・」
羽月はうつむいた。
「サトシくん」
洋二は立ち止まった。
「悪いけど、羽月送ってってやって。」
「ああ、いいけど。」
羽月は代わる代わる洋二とサトシを見る。
「それじゃ!」
洋二は踵を返して走って行った。

細い背中に背負ったギターケースが揺れる。
タクシーの音がする駅前通りで、洋二の足音が高く響いた。

取り残された羽月とサトシは電灯で照らされたその背中
が見えなくなるまで見送った。

「行くか。」
サトシが歩き出す。
「うん・・・。」
羽月が数歩遅れてサトシに続く。
「いつも洋二はどこまで送ってる?」
「えっ、あ・・・家まで。でもいい。一人で帰れる。」
羽月は顔をあげる。

歩き出したサトシの背中にソフトケースに入ったベースが
にょきっと生えている。
長い足を大またで運ぶ。
カーキ色のパンツ、背の高い大きなシルエット。
黒く細い髪が耳元で揺れている。

「いや、それは洋二に怒られる。送るよ、家まで。」
振り返ったサトシと羽月の目が合う。
羽月の後ろからタクシーが通り過ぎてサトシを照らす。
男なのに黒目がちで、ぱっちりしているわけではないが、優しげで、
しかし、強い瞳が羽月を捕らえる。
羽月はぱっと目をふせてうつむく。
栗色の髪が垂れて赤くなった耳を隠す。
肩にかけたトートバッグをぎゅうっと握り締める。

「羽月?」
サトシはうつむく羽月を覗き込んだ。
再び通ったタクシーのヘッドライトが小さな羽月の背中を
光で撫で上げていく。