大海の一滴


(あれは、本当にあせったな)

 三日間、携帯も繋がらず所在不明。

 田舎の大学で先輩後輩として知り合い、就職のために上京してきた達之と、その一年後、同じように上京して就職した美絵子は、おいそれと簡単に帰省出来るほど近い距離に実家を持っていなかった。

 焦りすぎて、警察に捜索願を出そうかと、不審者のように近所の交番をうろついて、危うく職質されかかったっけ。

 結局、美絵子は近くに住んでいた友人の家に宿泊していた。



 ……あの彼女、名前はなんて言ったっけ。



 あの時は彼女が間に入ってくれて、外では絶対に酒を飲まないという条件付きで、美絵子は帰ってきたのだ。


 ……今回もおそらくは、その友人のところに居るのだろう。

 ハアー。
 
 深い深い溜息がこぼれた。

(ちゃんと仲直りしたと思ってたのにな……)


『分かった。でも、これっきり最後にして』
 かなり怒ってはいたけれど、そう言ったじゃないか。

 五十嵐の歓迎会が行われたのが先週の金曜日。
 土曜日は一日口を聞いてくれず、日曜の夜にやっと許して貰って、月曜も火曜日も普通だった。

 美絵子がプチ家出を始めたのは三日前の水曜からだ。

 家出と言っても会社から戻ると部屋は整い、洗濯物はたたまれ、ご飯が用意されている。つまり、達之のいない時間を見計らって美絵子は家に戻って来ているのだ。

 とりあえず、事件に巻き込まれた心配はない。となれば機嫌が直るのをひたすら待つしかない。

(昔から、頑固だからなぁ)

 美絵子は一度決めたことは良くも悪くも貫き通すタイプだ。


 前回の家出が三日間。

 だとしたらキツイお灸をすえるという意味で、今回の家出は相当長引かせるつもりだろう。

 かと言って心配性の美絵子は手放しで家出をすることも出来ない。

 それで、毎日家の様子を伺いに来ているのだ。用意周到なプチ家出である。

 子供が生まれてからは随分丸くなったと思っていたが、生まれつきの性格がそう簡単に変わるはずがないのだ。
 おそらく、一週間、いや二週間くらいは見とくべきか。こうなったら気が済むまで発散させた方がいい。