大海の一滴


『年々、離婚率が増加傾向にあります。特に最近は、電撃結婚ならぬ電撃離婚が……』
「おいおい、勘弁してくれよ」

 小声でテレビの美人アナウンサーに突っ込み、どうでも良さそうなお笑い番組にチャンネルをシフトする。

『ギャハハハハハハ』
 大して面白くも無いのに笑い声がやけに大きい深夜番組にイラっとしながら、音量を更に絞る。
 これなら、さっきの美人アナウンサーの方がマシだったかもしれない。
 一応、目の保養になるのだから。


 二本目の発泡酒をシュパっと開ける。
(一人晩餐にも慣れて来たな)
 良いことなのか、悪いことなのか。……いや、悪いことに決まっているじゃないか。
 ブリも味噌汁も美味いが、やはり一人では味気ない。
ものの十五分で美絵子の手料理を平らげると、達之は皿を重ねて流しへ運んだ。細く蛇口を捻って、全ての食器に水が行き渡るように溜めておく。

 あっという間の食事の後は、いつものように発泡酒片手に子供部屋へ向かう。三十センチ程扉を開けて、息を止めながらそっと耳を澄ます。

 スー、スー。
 暗闇の中、規則正しい小さな寝息が聞こえた。

(大丈夫だ)
 達之はそっと扉を閉じて、またリビングへと戻った。
最近、残業と休日出勤ばかりで子供の寝息しか聞いていない。

「全てあいつのせいだな」
 五十嵐剛。あいつのくだらない電話のせいで業務が滞り、毎日残業三昧だ。
 ただでさえ、今期のサプティーはごたごたしているというのに。

 不況の煽りで、ここ数年会社の経営は思わしくない。
そこでサプティーも経営陣を一新させ、リスタートプランなるものを掲げたのだ。
 事業方針の大幅な変革が行われ、効率化、利益向上に向けて、全業務の文書化及び報告書の見直しが徹底されている。
 それは過去の資料までにも及んでおり、達之が資料整理を行う度に、歴代の業務責任者達のずさんな管理形態が露呈して、頭を抱えている状況だ。

 まさに『猫の手も借りたい』と、単純作業用に雇ったのが五十嵐だった。
まさかその五十嵐によって、更なる窮地に追い込まれようとは。

 飼い猫に手をかまれる。……いや、あれは犬だったか。

 とにかく、とんだ失敗だ。

(美絵子の家出だって、本を正せばあいつのせいな気がしてきたぞ)