大海の一滴


「早瀬先生は女の子と男の子、どちらがいいなんてのはありますか?」

 無論、浮かれているのは美和だけではない。

 赤ちゃんとか、妊娠とか言う言葉を聞くと、いい大人の達之も、つい多くを喋ったり聞いたりしたくなるのだ。


「そうですね。私は子供の頃から産むなら女の子がいいと思っていたんですが。去年夫が、当時はまだお付き合いしている段階だったのですが、見通しの悪い交差点で交通事故に遭いかけた男の子を助けたことがあって。それからその男の子とは交流があるんです。それで夫の方は当然男の子が生まれると思っているようで、気の早いことに青い子供服ばかり沢山買い込んでいるんです。だから、もったいないので私も男の子を希望しています」

 はにかんで話す早瀬先生もまた、少し浮かれているようだった。
達之もその話をにこやかに聞き入った。


「あ、すみません。私的な話になってしまいました」
「いえ、こちらが尋ねたことですから。それに、こういう話は同じ環境の人でないとなかなか出来ないですしね」


「お待たせしました~」
 美和が丸いお盆にお替りの紅茶を乗せ、忍者のような足取りでそろりと注意深く歩いてくる。

「ありがとう。とっても美味しいわ」
 差し出した美和の紅茶をすぐに手に取り上品に一口飲んで、早瀬先生は微笑んだ。
 その姿に、また秋野さんを思い出す。


 彼女もこんな風に上品な仕草で紅茶を飲んでいたっけ。



(あれ?)



 確かこの間彼女が来たときは、酷く蒸し暑い日で、紅茶の代わりに、美和がお気に入りで冷蔵庫に常備しているメロンソーダをコップに注いだのだ。


(てことは、気のせいか?)