「美絵子は言っていたんです」

「?」



「もう一人の私は、ずっと11歳のまま、つらい思いをしている。彼女が望むのなら、私は彼女を受け入れるつもりよ。と」

「……それは、どういう」




「藤川さん、さちという名前に覚えはありませんか?」
「は? いや、それは美絵子のことでしょ?」



「ええ。でも私が聞きたいのはそれ以外で、藤川さんの身近にそのような名前の女性を知りませんか? ということです」
「……いえ、特に」


 質問の意図が分からない。何が言いたいのだろう。





「藤川さんには、お子さんがいらっしゃいますね」
「……ええ」


「何人ですか?」
「何人? いや、一人しかいません」


「お名前と年齢、教えていただけますか?」

 ここにきてまた、子供の話か。


 
 この間の電話も、その後のメールでも、秋野月子は必要に子供についてを尋ねてくる。
 一体、美絵子の居場所と子供に、何の関係があるのだろう?
 

「……美しいに和風の和で、美和と言います。年は早生まれでまだ五歳ですが、小学一年生です」
「美和ちゃん、お一人ですか? 他には?」

「いませんが」
「本当に?」
「ええ、嘘をついても仕方がないことですし」

 それに、間違えようもない。第一、うちはまだ一人しかいないのだ。



「多分、それが美絵子につながる鍵だと思うのです」
「……は? どういうことでしょう?」

 全く、意図が読めない。かと言って、彼女が冗談を言っているようにも思えないし……。


「藤川さん、メールでお願いしたとおり、お子さんの名前と年齢の書かれたメモはお持ちいただいていますか?」
「ええ。でも同じ事しか書いていませんよ」


「構いません。とにかく、そちらを見せていただけますか?」

 怪訝に思いながらも、言われた通り、ジャケットの内ポケットから黒い機能手帳を取り出し、最後のページを開いた。

 それを秋野月子にも見えるようにテーブルの中央へと置いてみせる。




 殴り書きの乱雑な文字が、達之の黒目にも写り焦点を結ぶ。


「あっ!」

 思わず達之が声を上げた。