秋野月子が、また話し始める。
「前に一度、美絵子が家出をしたことがありましたね。あの日は朝からずっと雨が降っていて、私は家で読書をしていました。美絵子から電話が掛かって来たのはその時です」
(そういえば、雨だったような……)
それにしても、話が飛ぶな。
彼女は説明下手というわけではなさそうだ。とすれば、彼女自身も混乱しているのだろう。
それほど、今回の美絵子の家出には複雑な事情があるのだろうか……。
「藤川さんもご存知のとおり、私達の付き合いはそう頻繁なものではなく、就職してから美絵子と話すのは数年ぶりのことでした。電話越しの美絵子は酷く動揺していて『どうしよう。大変なことをしてしまったの。どうしよう』とそればかりを繰り返すのです」
秋野月子は、何度も間をおいて、当時を回想しながら続ける。
「あまりにも様子がおかしいので、私は美絵子が今どこにいるのかを尋ねました。けれど、美絵子は、分からない。何も見えない。と、言うんです」
「美絵子は『とにかくつきちゃんに会いたい』と言いました。彼女はずっと私を『月子』と呼んでいました。彼女が私をつきちゃんと呼んだのはそれが初めてです。その時、あの病院のさちちゃんはやっぱり美絵子だったのだと確信を持ちました」
「本当は美絵子と、交流会で初めて会った時、もしかしたらと思っていたんです。美絵子を見た瞬間、ふとあの病院のことが蘇り一瞬さちちゃんと美絵子が重なって、これも上手く説明出来ませんが、とても懐かしい感覚がありました。でもそれは一瞬のことでしたし確証もありませんでした。美絵子の性格はなんと言うか、記憶の中のさちちゃんとはだいぶ異なりとても落ち着いていましたし、もちろん名前も違いましたから。だから私はあの病院について何も喋りませんでしたし、美絵子からもその話は出てきませんでした」
「ごめんなさい、話を戻しますね。私は美絵子に、とにかくタクシーか何かで家に来るようにと、マンションの住所と周辺の特徴を教えました」
「すると、美絵子は、今そのマンションの下にいると言うのです」



