脳死した妻の心臓を移植された女性が、死んだ妻と同じ記憶を持つようになり、なんだかんだで、主人公の男はその女性と再婚したとか言う安っぽい話だった。
あの話では、細胞内のミトコンドリアにドナーの記憶が蓄えられていたんだっけ。
おぼろげながら、果たして自分ならどうするかと達之も考えた気がする。
もし、美絵子が死んで、美絵子の記憶を持つ女性が現れたら、その女性に自分は惹かれるのだろうかと。
でも結局は、そのまま眠ってしまった。
「移植後、私は夢を見るようになりました。例の中学一年生の男の子と小学四年生の女の子の夢です。私達はいつも三人で遊んでいます。夢の中の私は小学五年生。一つ年下の、ちょっときつい目をした女の子を妹のように可愛がっていて、二つ年上の中学生の男の子に恋心を抱いている。私は彼に気に入られようと、背伸びをして大人の女性を目指しています。腰を振って歩いてみたり、鏡を使ってキスの練習をしたり、魅力的な微笑みの研究をしたり。こっそり家のお酒を飲んだこともあります。もちろん、夢は深層心理が反映されたりもするので、私が夢の中で普段と別の行動を起こすことがあっても不自然ではありません。でも上手く説明は出来ませんが、その夢だけは私のものではないのです。私は誰か別の人の頭の中にいてその人の記憶を共有している。その夢には現実的な五感と感情が伴っていて、それが私の中にも流れてくる。そんな感じです。夢の中のその人が触ったものは私も感触を確かめることが出来、その人が嬉しいと感じれば私の中にも嬉々とした気持ちが湧き上がる。このクリームソーダも実は夢の男の子が好きだった飲み物なんです」
秋野月子は、目を細めて縦長のグラスを見つめる。
一瞬、ドキリとなる。
これまでにないほど、感情のこもった顔だ。
(??)
この表情を、昔、どこかで見たような気がした。



