「ユーニーばっか、ずるい!」

 課外授業を終えた神学校の寮生たちが寮のサロンに入ってくる。その中のひとり、レナートが叫んだ。

 奥のソファでルームメイトのヴィンセントと話をしていたユニスが何事かとレナートの方を見る。

 ヴィンセントがしらっと声を放った。

「ユニス本人がいる前で堂々と陰口か?お前こそ何なんだ」

「あっ、ユーニーだ!」

 ヴィンセントの声は無視して、レナートがコロッと態度を変え、じゃれつく犬のように走り寄ってくる。

「イレーネと話したって、ほんと、ほんと?かわいかった?」

 ユニスはきょとんとしていたがワンテンポ遅れてレナートの‘ずるい’を理解する。

「ああ…。音楽科の校舎にいたご令嬢ですね。美しい方ですね」

「うーわー、ユーニーのくせに女の子を褒めてるし!さらにムカつく!」

「自分でかわいかったか聞いておいて、バカかこいつは」

 あはは、とレナートの背後で野次がとんだ。レナートはムキになる。

「お前らに俺の気持ちなんかわかんないね!俺のイレーネ…」

「誰のイレーネだ」

 ヴィンセントは眼鏡を上げると、レナートに真面目な視線を投げた。

「好奇心で追いかけるのなら止めないが、本気になるのはやめておけ。相手はスフィルウィング家のご令嬢だぞ。お前が相手にされるような女性じゃない」

「何でそんなことがわかんの?イレーネがこんな近くにいるのに?時々しか会えなくたって、校舎内で顔を会わせる機会があるだけでも十分チャンスじゃないか!」

「そうじゃない。イレーネ嬢はまだ十三だが、既に許婚者らしい人がいてもおかしくはないという話だ。もしいたらお前ひとりの感情でどうにか出来る話か?」

 そこでレナートはぐっと押し黙ってしまった。

 ヴィンセントの言っていることは、神学生たちの間では暗黙の了解であえて話さないことだったし、レナートもそれはわかっていたのだろう。

 だから校内で表立ってイレーネに接近しようとする男子はいなかった。

 触れられないが、遠巻きに籠の中から出てきた綺麗な鳥でも見るような扱いの雰囲気が出来上がってしまっていたのである。