バサバサバサ

「……っ」

 急な強い風が手元の楽譜を勢いよくめくり、さらって行った。窓の外へふわりふわりと落ちてゆく白い譜。

(どうしよう──)

 イレーネは3階の窓からやや身を乗り出し、その行方を目で追ったが、数秒後──不思議な動きが起こった。

 散らばった譜は輪を描くように穏やかな旋回を見せ、1枚、2枚、3枚と階下にいたひとりの美しい少年の指先にとらえられ、気づいた時には楽譜はすべて少年の手中に収められていた。

 それがごく自然なことであるかのように。

 身体の重みを感じさせない軽やかさで、トン、と地を蹴ると、少年は宙を飛んでイレーネのもとへそれを運んできた。

(飛空魔法──)

「どうぞ」

 さらさらとした淡い金髪が揺れ、碧い双眸の白い花の顔が甘くほほえんだ。天使のように。

「──ありがとう」

 イレーネはなかばそれに見とれ、ぼーっとしたまま礼の言葉を口にする。

 少年は小さく頷いただけで、あっさり行ってしまおうとした。

「あ…」

 イレーネは思わず呼び止めてしまっていた。

「私はイレーネ。イレーネ・スフィルウィング。あなたは?」

 少年は振り返り、もう一度イレーネを見た。

「ユニスといいます」

「ユニス。またね」

「はい」

 少年は去って行った。夢のように。



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