連れられて行った料亭で、専務から差し向けられたもの。それは青天の霹靂…、いや棚からぼた餅に値する条件。


とにもかくにも、ギリギリまで追い詰められた状況の私にはミラクルな話といえる。


彼の“偽の婚約者”を務めあげれば、多少の弊害とリスクは伴っても、望んで止まない日常が継続するのだから…。



「どうでしょう?ああ、これこそ愚問ですね」

しかしながら、それを手放しで喜べなかった理由はもちろん、憮然たるロボット男の人柄が多勢を占めていた。


文句のひとつも言わせなかった態度は、すぐにやり手と評判の男を嫌悪したのは本音だし。



その数日後――改めて着物をまとって、プロポーズという名の契約を結んだ日。


初対面と同じくフラストレーションが募るばかりだったけど。抜け出すのも難しい夜の世界へ染まらずに済んだことは感謝している。


そして色々とこちらのコトを調べ上げていたクセに、私の心の闇であるところまで追求しなかった彼。


だからこそ、こちらも今の今まで“その理由”を尋ねるべきでないと分かっていた。



――偽りなノン・シュガーの関係ではお互い、慰めや同情なんて必要としないのだと…。



ほんの2ヶ月にも満たない話が、これほど濃密に感じられたのは、…私の中でそれだけ専務の存在が大きいもの、と示しているようで虚しい。


自嘲笑いを浮かべるより早く、対角線上から向けられた眼差しが答えを急かすから、首を左右に振って無言でNOを告げると。


それを分かっていたと言わんばかりに、コクンと頷いて見せた彩人兄。その顔つきがやけに腹立たしく思えてならない。