これは悔しいという言葉では言い表せない。居場所を奪われて怒らない人間がどこに居る?


「ふ、ふざけ…ないでよ!」

小さく震えている手でヤツを平手打ちしたいけども、OLなりの立場があるから拳を握って我慢する。



確かに、この男に助けて貰えた事に関しては感謝しているけど。それとこれとは話が別だろう。


何よりもう二度と、男の前では泣きたくない。グッと目の奥のツンとした痛みを堪えて睨むしかない。



「生憎ですが、私は常にふざていません。
貴方には最高の形で、婚約者のフリをして頂かなければなりませんし。
今日の社内メールの反応も然り…、その身に沁みて感じたでしょう?」

「…何が、言いたいのよ」

ああ…この冷淡でムダを嫌う男が行動起こす時は、すべて理由があるのだと悟る自分はさらに憎らしい。


その悔しさから、眼を合わせたくなくて。すっかり冷めきった、テーブル上のコーヒーへと視線を移した。



「そのご様子だと、流石に解っていらっしゃるようですね。
以前も言った通り、私は周りを納得させる相手として、怜葉さんを選びました。
ですから周りを納得しなければ、貴方も私も無用な苦労ばかりを強いられます。
そのうえ…貴方を選んだ“理由”が公になるのも、ここに居ては直ぐの事でしょう――
そのバッグだけで構いません。…これで、逃げる理由は無くなりましたね?」


「・・・アンタ、嫌い」

「ええ、それで構いませんが。以前申したように、彗星とお呼び下さい。
私たちの関係は、お互いの利潤を求めるがゆえのモノですから」


全てを言いきって立ち上がった彼に導かれるように、私は住み慣れたアパートを無言であとした…。