てっきり、そのまま送り届けてくれると思っていたのに。どういう訳だか、今この颯爽と走る車はマンションを通過してしまった。



「たまには食事でもしましょう」


この状況でお誘いされても、運転手に権限が握られているではないか。ここで“はい”と返すのも、億劫だと思うのは面倒がりな私だけ?



普段の賑わいを潜めたオフィス街を通って行く最中、高階コーポのどこよりも目立つ自社ビルを捉えた。



「どうかしました?」

「…いえ、休みに会社を見るのが珍しくて」

「私の場合、暇なく社に居ますがね」


「すみませんね、フツーのOLなんで」

正面を見据えてハンドルを握る男の問い掛けには、当たり障りなく答えを返したものの本心は違っていた。



私はここで働く一端のしがないOLであり、それこそ働きアリの一味にすぎないが。


それを乗せてアウディをスムーズに走らせているのは、大きな会社を治める最上株と謳われる専務。


ふと現実に思うのは、高階 彗星という男と私では対局する位置に居ること。どうにもならない立場の違いは、距離をさらい開かせる気がした――



「ここ…、ですか」

「どうかしましたか?」

「…いえ、」


暫くして到着した、超高級として名高い有名料亭の玄関を前にして、ただただビクリとするばかりだ。