いつのことだったか、社内で流れる風のウワサのひとつから“感情無血の貴公子”なるフレーズを知った。
私的事情は一切挟まない専務だが、無駄に手を煩わせる者や高みを望まぬ者らを一線から外したことで、今の至上主義な態勢が出来上がったとも聞いている。
すなわち徹底した合理的主義者であり、自ら動くことを忌み嫌うのもまた、このロボット男なのだ。
「この度は大変な失礼を働きまして、誠に申し訳ございませんでした。専務」
だから偽者の婚約者の元へワザワザお越し下さった彼には、何よりもまず謝罪をしなければならない。
否応なくキャリーを持つ手に力が入り、ふいとあからさまに目を逸らした。
いつもより鋭い眼差しを遮っただけで、少しばかりホッとする自分が悔しいから。
棒読み候のうえで語尾に付けた“専務”の呼称は、私なりの嫌味プラスになっただろうか。
「まったく。そんな返答を誰が求めると思いますか?」
「…早く中へ入りましょう。
こんな所で話すのも、朝から近所迷惑になりますよ」
想像以上に効果があったか定かではないが、ぴくり眉を潜めたロボット男。
しかし玄関外という場所が場所なだけにTPOを働かせたものの、余計に不機嫌な彼の態度は牽制するしかない。
目を合わせれば間違いなく不利と、俯き加減で彼の横をスッと通り抜ければ後方でドアの閉まる音が響く。

