きせき


ホテルを出て、数分が経った頃――……。

私はすっかり周りの雰囲気に、圧倒されていた。

――誰かに一緒に来てもらえばよかった。

元から治安は良くない場所ではあるけれど、それに加えてワールドカップのお祭り騒ぎ。

周りには、現地の人なのか他の国の人なのか、とにかくそこら中酔っ払いで溢れていて、みんな陽気に歌ったり踊ったり、ケンカをしたり……。

「……」

私は息を呑んで、できるだけ足早にその人混みを通り抜ける。

「はぁー……」

酔っ払いの間をすり抜け、人が少し疎《まば》らになったその場所で、一度立ち止まって小さく息を吐き出した。

だけど、安心したのも束の間。

「Onde você vai?」

「え……?」

すぐ後ろから男の人の声がして、慌てて振り返った。

「……っ!!」

思いのほか近くにいたその人に驚いて、私は一歩後ずさる。

――なに……?

そんな私の不安な顔を覗き込んだまま、ペラペラと喋り続ける男の人は、

「Foi amor à primeira vista! Vamos comer alguma coisa!」

聞き取れないほどの早口で言葉を落とし、ニッコリと笑うと、私の腕を強く掴んだ。

「いやっ!!」

怖い――……。

恐怖にすくみ上がる体を奮い立たせ、精一杯の力で腕を引いた瞬間、

「Desculpa me intrometer, mas……(横から口を挟んで悪いけど……)」

そんな言葉と共に、私の腕を覚えのある温かい手が掴んで、そのままグッと引き寄せられた。

驚きすぎて、言葉を失う私のすぐ目の前には、

「こう……た?」

さっきまでの笑顔を引っ込め、口調のきつくなった男の人を、じっと見据える航太がいた。

二人がペラペラと話し続けているのは、多分ポルトガル語なんだけど……。

早口すぎて、私にはどうしても聞き取れない。