きせき


――どうしよう。

もう用事は済んだのだから、このまま部屋に戻ればいい。

だけど……。

どうすればいいのかがわからず、ただ動揺する私に、

「なぁ」

航太の声が落とされた。

「今ちょっと話し出来ねぇ?」

「はな……し?」

握りしめていた手に、ギュッと力が入る。

「あのさ、」

彼がおもむろにその口を開いた瞬間、廊下の向こうから人の声がして、それがだんだんとこちらに近付いてくる。

ドキリとして、思わずその方向に顔を向けた、その時――……

私の腕が温かいものに包まれて、強い力で引っ張られた。

次の瞬間、私の瞳に映ったのは、“バタン”と音を立てて閉まったドアと、

「ごめん」

私の腕を離した、航太の姿。

「……っ」

やっと状況を理解した私の喉元で、呑んだ唾がゴクリと音を立てる。

私がいるのは、ベッドサイドの照明だけ点けられた、薄暗い航太の部屋。

ドアの外を、ガヤガヤと通り過ぎる人の声が聞こえて、それが徐々に遠ざかっていく。

「悪い」

多分、咄嗟に私の手を引いてしまったことへの謝罪を口にした航太を、思わず見上げた私。

その視線がぶつかった瞬間、ほんの少しだけ笑った航太は……

「そんな泣きそうな顔しないで」

悲しそうに、そう呟いた。

私……そんな顔してる?

「……」

何も言えないでいる私の視界の端に、ゆっくりと伸びる航太の指先が映り込む。

「――……っ」

でもその手は、私の頬に触れる寸前で、ピタリと止まった。