――コンコンコン。
誰もいない静かな廊下に、小さなノック音が響く。
「……」
どうしよう。
もう逃げ出したい……。
なかなか姿を現さないその部屋の住人に、緊張が最高潮に達した頃――……
「……はい」
内側から航太の声がして、カチャリと鍵の開く音が聞こえた。
「――あ、」
「……」
扉を開けた瞬間、視界に入ったのは航太の驚いた顔。
そしてあの石鹸の香りが、私をふわりと包み込む。
「……」
航太の試合を初めて観た日と同じ、彼のその香り。
自分の部屋にあったその石鹸を、航太はお気に入りだと言って……。
その部屋に泊まるたび、同じ香りになった私の首に顔を埋め、
“美青、いい匂い”
そう言って、いつも嬉しそうに笑っていた。
昔の想いが香りと共に一気に溢れ出し、胸が軋む。
「あの……っ、食事のことで――……」
何とか絞り出した声は、自分でもわかるくらい震えている。
――航太は今、目の前に立つ私を見て、何を思ってる?
「……」
「30分くらい、遅くなるそうです」
不安な気持ちを隠すように、ゆっくりとそう告げた。
「……」
……航太?
何も返事をしない航太に顔を上げると、その瞳が私をすぐに捕らえる。
ドクン。
ダメだ……。
胸が痛い。
ズキリと痛んだ胸元に息苦しささえ覚えた私は、そこをギュッと握りしめた。

