きせき


「佐々木さん!!」

遠征3日目の夕方、ホテルの廊下で栄養士の佐藤さんに声をかけられて振り返った。

「どうしたんですか? そんなに慌てて……」

「今っ、時間ある!?」

「えっ!? は、はい。ありますけど」

普段はどちらかというとおっとりとした人だけに、その凄い気迫に思わず後ずさった。

「ちょっと手違いで、夜ごはんの時間が30分押しそうなのよ!!」

「あらら」

「でね、今4階の人たちまでは連絡しに行けたんだけど、5階まで手が回らないのっ!! だから……お願いできないかな!?」

なるほど。

そういうことね。

「わかりました。5階の人たちに連絡しに行けばいいんですよね?」

「ありがとう、助かるわ!! お願いね!!」

そう言うや否や、本当に慌てているらしい佐藤さんは、バタバタと走って行った。

――だけど、ここ最近の私は、どうも頭から大切なことが抜け落ちてしまう状態らしい。

「う~ん……」

佐藤さんの勢いに押されて、何も考えずに引き受けてしまったけど……。

5階の人たちの部屋のドアを叩き、事情を説明。

残りはあと1部屋というところで立ち止まってしまった。

「はぁー……。なんでこんなに緊張してんのよ」

思わずもれる、大きな溜め息。

私が立ち止まっているのは、航太の部屋の前だった。

航太とは、あの会議の日以来話をしてなくて……。

たった一つの連絡事項を伝えるだけなのに、ありえないほど緊張している自分がいる。

「仕事、仕事」

自分に言い聞かせるためにそう呟き、何度も深呼吸を繰り返した私は、ゆっくりとその扉をノックした。