きせき


「お兄さん……私、帰ります」

沈黙が続く医務室に響いた、私の思いもよらない言葉。

それに、お兄さんが驚いた顔を向けた。

「こんな顔、航太に見せられません」
「……ごめん。送って行くよ」
「いえ。あけちゃんもいるし、タクシーで帰りますから」
「でも――……」

「お兄さん」
「……」

「ごめんなさい。でも、まだお兄さんを許せそうにないです」
「……っ」

「私は、そんなに大人じゃないんです」

こんなこと、言いたくない。

お兄さんだって辛いのはわかってる。

でも――……

もう上手く笑えないし、
流れる涙を止める術も持たない。

横たえていた体をゆっくりと起こすと、また背中に激痛が走って、

「……っ」

短い息が漏れてしまう。

「美青、つかまって」
「ありがとう……あけちゃん」

ベッドの横で少しかがんだあけちゃんの腕を借り、ゆっくりと立ち上がった。

「……」

お兄さんは、下を向いて拳を握りしめたまま、立ち尽くしている。

「お兄さん」
「……うん」

ゆっくりと顔を上げ、私の目を見たお兄さんの瞳は、まだ悩んでいる瞳。

これで良かったのかと、まだ悩んでいる。

「最後にお願いがあります」
「……」

「航太の傍にいて下さい。航太が一人になって、どうしようもなく落ち込んだ時……お兄さんが傍にいて下さい」
「……」

「彼が、私じゃない誰かを見つけるまで」

もう彼女でもなくなる私が、こんなことをお願いすること自体、厚かましいのかもしれないけれど。

「お願いします」

ただそれだけを口にして、目を見開いて何も言えなくなったお兄さんに頭を下げて、医務室を後にした。