ある日時間も忘れ彼と話し込んでいた。
「ちょっと! なに人の彼氏と仲良くしてんのよ!!」
 当たり前のように遅れてきた彼女に一瞥し、彼に視線だけで別れをいい、由香里は家路を歩いていく。
「待ちなさいよ! 何してるのって訊いてるのよ!」
 顔を真っ赤にさせ怒っている。彼は彼女を止めようとするが怒りは静まらない。
「あら、暇潰ししてただけよ。あなたが来るまで」
 彼女は由香里の頬に平手打ちをし、彼の手を引いて歩いて行った。




 次の日もまた、彼は時計台の前で彼女を待っていた。
「また待ってるの?」
「……」
 彼の返事はない。彼女にもう話すなとでも言われたのだろう。多分そうなるだろうとわかっていたのに、由香里の心がキシキシと痛む。
「無視しないでよ」
 無視されたのか悲しくて虚しくて気が付くと由香里は彼の紫色の唇に自分の唇を押しあてていた。
 彼のびっくりした顔を見た瞬間由香里は自分の行動を恥じるのと同時にいつの間にか自分が彼に恋心を抱いていたのだと気がついた。




 信じたくなくて、忘れたくて由香里は前々から自分に好意を抱いていた梶くんと付き合った。彼のいる時計台の前を通ってみたり。彼はそんな由香里を気にもせず、今日も彼女を待っていた。
 お前のことなんて気にもしていないと言われているようで由香里は悲しんだ。どうすれば彼を振り向かせられるのか。
「彼にキスをしたときみたいに勇気があればまたあの時みたいに仲良くできるのにな」
 彼女を待つ彼の横顔を眺めながらそんなことを言っていた。