【黄昏の記憶】~ファースト・キスは封印の味~


『晃ちゃん、大丈夫だろうか? まさか今のご時世に殴られたりしないよね?』


などと、幼なじみの身を案じ、暗たんたる気持ちで教室に一歩足を踏み入れた途端、聞き覚えのある妙に明るい声が飛んできた。


「おっはよー、優花!」


――こ、この声は!


条件反射で、ギクリと身を強張らせる。


「こっち、こっち」


恐る恐る、


声の主を求め、ざわめき溢れる教室の中に視線を巡らせると、窓枠に背を預けて立っている、スレンダーな女子生徒がおいでおいでと手招きしている。


少し癖のあるセミロングの黒髪と、小麦色の肌。


健康そうな肌の色は日に焼けているのではなく、おばあさんが外国の人で、その遺伝らしい。


黒縁メガネの奥の意志の強そうな綺麗な二重の瞳は、いつも何かを追って生き生きと輝いていて、


優柔不断な自分には到底真似できない、その行動力と判断力に、優花は密かに憧れていたりする。


玲子ちゃんこと、村瀬玲子《むらせれいこ》。


中学からの付き合いの、優花の一番気の置けない女友達。


彼女は、もう引退したけれど、元文芸部の部長で作家志望。


ミステリーやサスペンスを特に好み、


事件やゴシップの陰に隠れている人間の『どろどろでろでろ』と、混沌とした内面を突き詰めていくことに、至上の喜びを感じるのだという。