死への救急搬送



このころの家内はよく泣いていました。

叔母さんが話しかけても私が話しかけてもリハビリの先生や看護師さんが話しかけても泣いていました。

そうとう辛くて悲しかったのだと思います。

いつもはまったく声が出ないのに泣くときには声にならない声が出ます。

「あー」・・・

「あー」・・・

みんな励ましますがなかなか泣き止みません。

ただ私がリハビリをしながら話しかけるときは、ほとんど泣きません。





私は心の底から治ると信じていましたし、治すつもりでリハビリをしていました。

「車いす生活くらいはできるからな」

「それまでには家も改造するし」

「Z病院の先生方にも転院の了解をもらっているし安心しいや」

「はよ努力して動けるようにならなあかんで」

私の本音の言葉に少しは安心してくれていたのかもしれません。