その日、惠一が仕事を終えオフィスを後にしたのは真夜中過ぎだった。
なんとか終電に滑り込みウエスト・ハムステッド駅にたどり着く。
バスはとうに終わっていたから、ここから惠一の住むフラットまでは歩くしかない。
一つ路地を入ると、街路樹が並んだ閑静な住宅街。深夜を回った街路は人気もなく、まばらについている街路灯が、行く先を辛うじて照らしている。
雨が降った後の石畳に響く靴音を聞きながら、惠一は深くため息をつく。
白く霞んだ息はすぐに、ロンドンの空気に同化していった。
コートが湿気を含み、重くなっていくのを感じる。
喉の痛みに耐え切れず、惠一はネクタイを緩めた。
雪音には、嘘をついた。ロンドンの空気が体に合わないのか、ここに来てから扁桃腺がまた腫れるようになった。
疲れきった体を引きずるように、独りゆっくりと進む。



