(こわい、)
早く、早く家に帰ろう。
だんだん小走りになる足は自分のものじゃないみたいに動いている。
いつもは近いはずの家がやけに遠い気がした。
ガサッ
「ひっ…!」
あと少し、あとほんの数歩のところで家の隣にある茂みから音がした。
いつもならきっと動物だろうと思うんだろう。
だけどこの時間に動物なんていつもはいないし、それに緋い夕日の光に逆光していつもよりふかい黒にぞくりとする。
闇、黒い闇だ。
いつのまにか溜まっていた唾を飲み込むと、ごくりとやけに響いた気がした。
先程とは違い再び静寂が訪れる、耳鳴りがするほどの静けさ。
人は未知のものに合い見えた時、どうして体が動かなくなるんだろう。
喉がカラカラする、まばたきをするのも忘れていたらしくて目を守るために涙が分泌された。
こわい、
「だ、だれ」
絞りだすように吐き出した声は思った以上に掠れていた。
「そこにいるのは、だれ?」
なに、ではなくだれ、と聞いた時から何故だかわかってしまったのかもしれない。
「…っ」
再びガサリと音がして、茂みの中から目映い金色が地面に伏せ倒れた。
(!男の子、だ)
それは、身体中傷だらけの少年だった。
着ているコートもボロボロで血が滲んだのだろう、緋に染まっていた。
「…っ…、る…」
「え?」
「…め、…る…っ」
『める』その一言だけ呟いて彼は意識を手放した。
たそがれどき、それは出会いの始まる刻限、
―――誰そ彼どき。
あなたは、だれ?
→悪が悪に成りうる理由