「ここよウィル」


静寂に響く鈴の音の様な声色に慌てて辺りを見舞わすが姿は見当たらない。
それでもなお耳を澄ませてみると僅かに淡い月の光が捧ぐ硝子の向こう側に、彼女は立っていた。



「メリエル様…」



硝子製の窓を開けタンッと窓辺を蹴る。次の瞬間訪れる体が落ちる感覚に身を委ね、軽やかに地面に着地した。
ヒラリと燕尾服の尾の部分が跳ねる。



「そんなに慌ててどうしたの、ウィル」


「…貴女のお姿が見えなかったものですから、
お騒がせして申し訳ありません魔王様」


「さっきみたいにメルってよんで」


「いけません」


「…ウィルは少し堅苦しいわ」



苦笑しながらこちらを振り向く少女に心中で安堵のため息をはく。
闇を纏った美しい顔に赤と青のオッドアイが自身を映す、闇に在っても喪われることない金糸が、サラリと彼女の肩を滑り落ちた。


「そのような格好ではお風邪を召されます、どうぞ中へ」


「ええ…」



肯定の意を唱えたのにも関わらず、彼女の双瞳は再び狂ったように咲き誇る黒薔薇を撫でた。



「魔王様…?」



「声がね、聞こえたの」



「…声?」



するりと白魚の様な指が薔薇の花弁を撫で、房をくだり、美しい花弁に隠された鋭い棘に指を食い込ませた。



「っ、」


「わたしの名前、誰かが呼んだの」



―――血が止まらない、尊き緋が、薔薇の茎を伝い黒薔薇を緋薔薇へと変えてゆく。


早く、早く血を止めないと