「紗恵……」 咽び泣きながら名を呼んだ。 栗重は俺の頭を抱く腕にギュッと力を込め、 「鏑木先輩」 紗恵が呼んでいたように俺を呼ぶ。 間違いなく栗重の声だった。 頭ではわかっていた、はず。 けれど、俺の心と聴覚は、 それを紗恵の声だと錯覚した。 ふわり―― と。 懐かしい柑橘系の甘酸っぱい香りが、俺の鼻を一瞬だけかすめた。 多分それは幻。 紗恵への愛しさが、俺にくれた幻覚。 それでも俺は、紗恵が戻って来たんだと思った。