「ずっと知ってて、騙してたのかよ!オレはずっと信じてたのに。姉さんなら否定してくれるって思っていたのに。姉さんはずっと何も知らないオレを裏切ってたんだ!優しい姉の振りをして、ずっと──!」
「ごめんなさい……私は……」
「やめろよ、謝ってなんか欲しくない!今さら、もう遅いんだよ!オレが今までどんな思いで過ごしてきたか、お前にわかるものか!」
かつてない夏哉の怒りをぶつけられ、小夜子は息を飲んだ。いつも優しく、愛情を向けてくれた弟の姿は、そこにはなかった。思わず目をそらそうとすれば、夏哉によって阻まれる。
顎をつかまれ、乱暴に視線を合わせられれば、ほの暗い夏哉の瞳が小夜子を見つめていた。
「弟じゃないなら、オレは姉さんの何?」
まるで、知らない誰かに組み敷かれているようだ。小夜子が瞳をそらせなかったその一瞬、夏哉は小夜子の唇を奪った。暴力的な荒々しいその口づけは、血の味がした。押しのけようと抵抗しても、夏哉はびくともしない。まるで蹂躙するように咥内を犯される。
「や……っ!やめ……て……っ!」
息継ぎの合間、小夜子はやっとの思いで反論した。そうすれば、夏哉は唇を離し、小夜子を見下ろした。
「ずっと好きだったよ、小夜子。小さい頃からずっと愛してた。でもお前は真郷のことばかり見てたんだ。オレがどれだけ嫉妬してたか、わかる? それでも、姉だと思って耐えて来たんだよ、今日まで……弟の顔をして」
それは、ひた隠しにしてきた夏哉の本当の気持ちだった。一人の女性として小夜子を愛した彼が、理性でそれに蓋をしてきた。
その蓋を外したのは、誰でもない、小夜子自身なのだ。
ぽたり。
小夜子の頬に、冷たい雫が落ちた。
「ナツ……」
夏哉は、泣いていた。その涙で、小夜子は気が付いた。
「あなたを狂わせてしまったのは……私なのね……」
その一言に、夏哉はハッと息を飲んだ。それから、小夜子の手によって抱き寄せられ、彼女の柔らかな胸に顔を埋めた。その変わらぬ優しさに、涙があふれた。
「オレは……一体、何者なの?姉さんの弟じゃないなら、オレは、誰?」
小夜子は夏哉の柔らかな髪を撫でた。
「夏哉は夏哉よ……本当の弟じゃなくても、私の大切な夏哉……」
小夜子はもう、夏哉を否定しなかった。他人になってしまえば、今度こそ夏哉は壊れてしまう。ここまで壊したのは、自分だ。
小夜子の為に罪を犯した夏哉と。
夏哉の為に罰を受け入れる小夜子。
それは、ひとつの夏の終わりを告げていた。



