ただし、夏哉にとっては信じがたく、また、信じたくないことであった。
それが真実ならば、今まで構築してきたすべてのものが崩壊してしまう。
……ずっと蓋をしてきた想いさえも。
だから、否定してほしかった。
この世でもっとも大切にしてきた人に、否定してほしかったのだ。
「──姉さん」
家に帰るなり、夏哉は閉ざされていた小夜子の部屋に上がり込む。小夜子は脅えた目で、床に座り込んだまま夏哉を見上げた。
「お、おかえり……おそ、かったね……」
歯切れの悪い姉に、夏哉は目を細めた。
「ああ。色々やることがあってね」
そっけなくそう言うと、小夜子はびくりと肩を震わせた。そのまましばらくの沈黙があったが、口を割ったのは小夜子が先だった。
「ねぇ……ナツ」
「なに?」
「お父さん……死んじゃったの?」
小夜子の責めるような二つの瞳が、不安げに揺れながら夏哉を射抜いた。──見られていた。その事実に、サァッと血の気が引いていく。蒼白の夏哉に対し、小夜子は続けた。
「偶然、お父さんを見かけたの。だから私、また何か企んでるかもしれないって……後をつけたの。そうしたら、ナツもいて……」
その後は、言わなくてもわかる。
まさか、凶行の一部始終を姉に見られていたとは思わなかった。一番、見られたくなかった小夜子に。
「見て、たんだ……」
夏哉は諦めにも近い気持ちで、息を吐き出した。
「父さんが死んだのは、事故だよ。自分で足を滑らせて沼に落ちたんだ」
「……違うの」
「え?」
「私、お父さんの言ったこと、聞いちゃったの。あの沼に沈んだのはお父さんだけじゃない、笠原さんもいるんでしょう!? 私が殺して、ナツはそれを隠すためにお父さんを……っ」
小夜子はとうに知っていた。夢のはずのあの感触が、やけに現実味を帯びていたその意味を。そして、小夜子の罪を隠す為に、夏哉が新たに罪を重ねていることも。
「私が、そうさせてしまった……!」
小夜子の頬に、幾筋もの涙が伝っては、落ちる。



