償いノ真夏─Lost Child─


総人口が200人にも満たない村だ。その村で、唯一。

「ふかみ……ゆりえ……」

村の権力者の娘であり、真郷の母親。そして、夏哉は思い出した。真郷の両親は離婚しているのだ。真郷から父親について詳しく聞いたことはなかったが、いつだったかこの村に来る前は苗字が違ったのだと教えてもらったことがある。

だが、真郷には兄弟などいないはずだ。仮に死産だとして、その存在を村の者や真郷が知らないとは考えにくい。

夏哉は汗ばんだ指で、記録のページを捲った。

それは、夏哉の生れる一日前の記録。そこには。

××年4月1日
【母】月岡百合絵 【子】真郷(男)


「そんな……っ!」

真郷にはやはり、その存在を消された弟が存在した。真郷は〝双子〟だったのだ。それは得体の知れない恐怖だった。

夏哉は衝動的に記録を閉じた。これ以上、この件に深入りしてはいけないと本能が囁いた。実の兄さえ知らない、村によって隠されたこの世に存在しない真郷の弟。それが何のために隠されたのか、それを知れば、もう戻れないような気がした。

記録を元の場所に戻して、資料館を飛び出した夏哉は、もっとも会いたくない人物に出くわした。

日傘を手に、小さな歩幅で歩く、この村に似つかわしくない女。
少女のような横顔は、それでも歳を重ねた妖艶さを浮かばせている。

うねりのある、長い黒髪が風に揺らぐ。

──深見百合絵。

それは、美しい真郷の母親だった。

やはり、面立ちが真郷と似ているな、と思った。白い肌も、アーモンド型をした瞳も、真郷は母親にそっくりだと評判だった。

百合絵は、立ち尽したままの夏哉に気づいた。そうして、ふっくらとした小さな唇をわずかに引き攣らせ、微笑んだ。

この村で最も不思議な存在だと、夏哉は常々思っていた。