「お前のいうとおり、おれはお前の父親じゃねぇ。いや、おれの子かもしれんが、混ざりすぎて誰の種かわからねぇな」
「な……に……?」
「お前の父親は夜叉よ」
その、父親の言葉は覚えている。その一言で、すべての均衡が崩れたのだ。
「黙れ!」
夏哉は叫んだ。そうすれば、父親はさらにいやらしく笑った。
「いいのかよぉ。人が来たらばれちまうかもしれないぜ。お前が行方不明のお嬢ちゃんを沼に沈めたことも」
ぴたり。
夏哉は動きを止めた。その間にも父親は呑気に語っている。
「おれぁ偶然見ちまったんだ。なぁ夏哉、いいこと教えてやったんだ。お前、小夜子の金があるだろう。おれにくれたら黙っててやるよ。もうなぁ、お前に頼むしかねぇんだ。その為に会いに来たんだ」
この男は、自分の凶行を知っている。そして、それで一生自分から搾取する気でいるのだ。そんなことがわからないほど子供ではない。夏哉の目に、再び狂気が宿った。
──この男の存在は、邪魔だ。
「なぁ夏哉、なんとか……」
父親がそう言いかけた時だった。夏哉は既に、両手で持ち上げた大きな石を父親に向けて叩き下ろすところであった。
ごっ。
鈍い音が鳴る。
「がふぅっ」
父親は呻いて、よろけた。
そして夏哉は、ふたたびその頭部に石をぶつけた。父親はよろよろと後ずさりながら、夏哉に助けを求めた。
「じょ、冗談はやめてくれよ……死んじまうよ……」
夏哉は答えなかった。そうして、無言のまま石を振り上げる。その気配を察した父親が、小さく呻いて逃げようとしたとき。
ぬるっ
その足は、泥のぬかるみによって横滑りした。それはやけにスローに見えたが、一瞬の出来事だった。
バランスを崩した父親の身体は、泥の滑りに任せ、あろうことか鱗沼に落ちた。



