夏哉に縋るようにしがみ付く。
「夏哉……私を殺して……お願い、殺して……殺してください……」
その異常な懇願に、夏哉は唖然とした。小夜子の肩を掴む。
「どうしちゃったんだよ!姉さん!しっかりしてくれよ!」
「もうダメよ……私、もうこれ以上耐えられないもの……」
「姉さん!」
夏哉も必死だった。どう考えても異常な事態に、彼も混乱していた。気が付くと、小夜子の頬を張っていた。
「あ……」
小夜子の目から大量の涙があふれ出した。同時に、彼女は叫んだ。
「もう生きてる意味なんかないもの!真郷くんはこんな汚れた私を愛してくれない!迎えになんか来てくれない!」
「落ち着けよ!真郷はなにか理由があって……」
小夜子の暗い瞳が、夏哉を射抜く。
「もし、あの時……この村で……他の女を抱いていたら?」
「え?」
「真郷くんは……抱いてくれなかったわ、私のこと。中学生の頃。オシルシが出た頃……ナツ、見ていたでしょう、教室の窓から……」
夏哉は目を見開いた。憶えがあった。
教室から何気なく外を眺めていたとき、体育倉庫に入っていく二人を見た。まさか、小夜子が気づいているとは知らずに。
「あの時ね、真郷くんは私に失望したのよ。きっと……汚い女だと思ったのよ。だから……」
「やめろよ……姉さん」
「そうね……真郷くんの所為じゃないもの……。きっとあの時から、私には資格がなかったんだわ。もう普通じゃなかったんだもの!」
「やめろって!」
夏哉の怒声に、小夜子はびくんと身体を震わせ、へなへなと崩れ落ちた。
「だったら……どうしたらいいの……。このまま、化け物の子供を産むの……?」
小夜子のか細い声に、夏哉の胸は痛んだ。
もう、姉に自分の言葉は届かないのかもしれない。姉の中にあるのは、真郷への執着に近い恋情と、夜叉に対する強烈なトラウマだけなのだ。その確信が、夏哉には辛かった。



