償いノ真夏─Lost Child─


夜叉比女神社の社の中で、小夜子は巫女の衣装に着替えた。赤い紅をさし、その姿はまるで嫁入りのようだ。

「舞の奉納さえ終われば、あなたは自由です。なにも不安に思うことはありません」

そう言われたところで、小夜子が笑みを浮かべることはなかった。

「弟のことは……なにも教えてくれないのですね」

「先ほど旦那様がおっしゃった通りです。弟など、あなた様にはおらぬのですよ」

小夜子は目を剥いた。

「言っていい冗談と悪い冗談があります!朝霧夏哉は私の弟です!私の大切な……たった一人の弟に何かしたら、私はあなた達とこの村を、一生呪います。なんなら雨乞いでなく、この村を滅ぼすために舞いましょうか?」

「な、なんということを……!」

今までしおらしく、何を言っても感情的にならなかった少女の気迫に、村長の妻は蒼白になった。そんな女を見限って、小夜子は楽の音に合わせて舞台上へと歩んだ。

妖艶に舞いながら、観客の中に混じった子供たちに気が付く。
二人の少年と、一人の少女が、熱に浮かされたようなきらきらとした瞳で自分を見ていた。

──それはまさしく、あの日の自分たちの姿だった。

小夜子は、あの日に戻ったように感じた。楽しくて仕方がなかった、愛しいあの頃に。

隣には真郷と夏哉がいてくれた。ずっと三人でいられると信じていた。

(真郷くん……)

巫女となった十八歳の小夜子を、十三歳の真郷が見ていた。そして、真郷が呟く。

「綺麗だ……」

その瞬間、小夜子は救われた気がした。どうしようもなく幸福だった。
ずっとずっと、真郷にそう言って欲しかった。

そして舞が終わり、ふたたび客席に視線を戻すと、そこにはもう幼いころの幻影はなかった。だが、ひと時でも、幻影でも、小夜子は幸福の絶頂にいたのだ、この時だけは。