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真郷くんは私を迎えに来てくれなかった。
夏哉は、私の為に犠牲になった。
──私は、一体なんの為に生きているのだろう。
小夜子は、冷たい水に身体を沈めた。これが、最後の禊。
夜刀鳴沢の清流に、彼女の黒髪が揺れる。水底から生えてくる無数の手が、小夜子を引きずり込もうとする。
「小夜子様」
しわがれた声の出どころは、村長の妻だった。彼女に促され、小夜子はゆっくりと体を起こした。肌に張り付く白無垢が不快だ。
「舞台のご用意が整いました。お支度をいたしましょう」
その言葉に頷いて水から上がろうとすると、足首を白い手が掴んだ。
「!」
その手は、他のものとは違い、ひどく悲しげだった。
〝行っては駄目……〟
そんな声が聞こえた。それは、いつも語りかけてくる、邪悪な蛇のものではなかった。
「美那江……お姉ちゃん?」
その問いに答える者はなく。足を掴んだ手は消えていた。
「小夜子様!」
強く呼ばれて、小夜子ははっとした。そして、ふたたび巫女として歩き始めた。



