こちらに背を向けている村長の妻の向こうには、以前より青白くなった小さな小夜子が見えた。夏哉は隙をついて駆け出すと、贅肉のついた女の背中にエアーガンの銃口を押し付けた。
「騒ぐな。少しでも声を出したら殺す」
もちろん、BB弾に人を殺すほどの威力はない。だが、女はこれが玩具であることを知らない。震える女の口にガムテープを張り、着物の帯を解くと、帯留めの紐で手足を縛って転がした。
そして、驚いて立ち尽す小夜子の手を取る。
「逃げるんだ。真郷が来てくれるから、はやく!」
小夜子が泣きながら頷くのを確認して、その手を引いた。互いに強く握り合って、お互いの存在を確認しながら、必死に走った。追手が来るのは時間の問題だ。だが、バスにさえ間に合えば……。
なるべく村人に会わないよう、森を抜ける。途中、小夜子が何度もためらうように振り返ったが、気には留めなかった。そして、バス停まであと少しといったところで、自分たちの背後から追ってくる村人たちに気が付いた。
夏哉は舌打ちすると、振り返った。
「ナツ!?」
自分を呼ぶ小夜子に、微笑みかける。
「幸せになれよ、姉さん」
「何……言ってるの?ナツ、早く行かなくちゃ!一緒に行くんでしょう!?」
「……」
「どうして黙ってるの?ダメよ、だってあの人たちナツに何するかわからないのよ!」
半泣きで訴える小夜子に、夏哉もつられて視界が曇る。だが、涙をこらえて小夜子の背を押した。
「行けよ!オレなら心配ないから!」
「でも……!」
「早く!」
そう言うと、小夜子はぽろぽろと涙をこぼしながら、夏哉に背を向けた。夏哉は、これが姉の最後の涙になることを願った。
小夜子の背中が遠くなって行くのと比例して、村人と夏哉の距離も縮まっていた。



