一方その頃、姉が巫女になった事実を夏哉は信じられずにいた。
小夜子が自ら望んで巫女になるなどありえない。そのために二人で約束したのだ。けしてオシルシについて口外しないと。

小夜子が巫女に選ばれた日、夏哉は部活動のために家を空けていた。彼がいないときは小夜子はけして自室から出なかったし、それはあの日も例外ではなかったはずだ。姉はそう簡単に約束を違えるような性格ではない。

帰宅したとき、彼女の部屋がもぬけの殻になっていたのには驚いた。大切にしていた真郷にプレゼントされたぬいぐるみも、無造作に床に投げ出されたままだった。もし彼女が最初から家を出るつもりだったなら、宝物であるこのぬいぐるみを手放すはずがないのだ。

居間に戻れば、父が〝あるはずのない〟大金の勘定をしていた。

「親父、姉さんはどこだ」

その丸い背中に問いかければ、父はゆっくりと振り返った。

「村長のとこだ」

相変わらず死んだ魚のような濁った眼をしているが、下卑た笑みには欲が滲んでいる。

「なんの為に」

「そらぁ、決まってんだろ。巫女様になったからよ……。オシルシが出たからよ」

「その……金は……」

「巫女が出た一家には村から金が出るのさ。こんだけ貰えりゃ酒が飲める、上出来よぉ」

夏哉はくっくと笑い声を漏らした父親の胸ぐらを掴むと、そのにやけ面に拳を叩き込んだ。今の一言で全てわかった。この男は金で娘を売ったのだ、この村に。