「九郎!」
思わず叫んで、真郷は駆け寄った。獣はじっと真郷を待っているようだったが、もうすぐ追いつくというところで突然駆け出してしまった。
「九郎!待って!」
その姿を追って、真郷も走った。しかし獣である九郎はもの凄いスピードで走っていくため、その距離はどんどん離れていく。しばらく鬼ごっこを続けたが、とうとう息が続かなくなった真郷が立ち止まると、九郎も立ち止まり、再び真郷が自分を追いかけてくるのを待っている。
それはまるで、どこかへ誘っているかのような。
その後も九郎を追いかけ続けると、しだいに本道から外れ、いつしか真郷は見覚えのある場所へとやって来ていた。周りの風景などまったく気にしていなかったため気づかなかったが、目前に佇む朱色の鳥居は、間違いない。金縛りにあったように足が凍りつく。
「ここは……!」
忌まわしい記憶が眠る、禁断の地──夜叉比女神社。
どうやら、神社を囲林の中を、真郷は通ってきたようだった。祭りの日だというのに、人の気配は何もない。その静寂の中、獣の咆哮が響いた。木々がざわつき、その声を木霊させる。その瞬間、ふいに身体が動いた。思わず後ずさったその瞬間。
──トン。
肩に、何かが触れた。
振り向いた時、真郷の耳には今まで聞こえなかった蝉の鳴き声が一気に流れ込んだ。



