「ええ、知ってるわ。彼女ね、去年から家に帰ってないのよ。同じ時期に弟も居なくなってね、父親が捜索願いをだして村総出で捜したけど、結局見つかってないの」
「え……それ、本当?」
「こんな不謹慎な嘘なんて言わないわよ。噂では、彼女は大人しいから、御夜叉祭の巫女って大役に自信がなかったんじゃないかって」
御夜叉の巫女……その言葉に、かつての記憶がよみがえる。祭囃子の中で舞う美しい女性と、狂ったようにこの村を呪い続ける女。もし、小夜子が御夜叉の巫女に選ばれたのなら、夏哉はきっと拒むだろう。彼も、アレを見たのだから。
黙ったままの真郷に、笠原は距離をつめると、その腕に抱きついた。
「ねぇ、居なくなった人のことなんて放っておきましょうよ。あたし嬉しいの。また深見君に会えて──」
その甘えた猫なで声に、嫌悪感で鳥肌が立った。過去のトラウマはそう簡単に消え去るものではないらしい。真郷は腕を払うと、冷めきった瞳で笠原を見る。
「悪いけど、俺は君の名前も憶えてなかった。俺にとってはその程度なんだ。──急いでるからもう行くよ」
きっぱりと言い切ると、笠原は顔を真っ赤にして拳を震わせた。
「なによ、また朝霧さんなの!?あんな暗い人より、あたしのほうが綺麗なのに。この村で一番綺麗なのは、あんな人じゃなくてあたしなのに!どうしていつもあの人ばっかり!」
その言葉に、真郷はなにも返さなかった。そのまま彼女に背を向けると来た道とは逆に歩き出した。巫女という役目には嫌な予感がする。はやく、夏哉と小夜子に会いたかった。会って話がしたい。
けれど、どこへ行けばいい?
笠原りなの言ったことが真実なら、小夜子と夏哉はもうこの村にはいないことになる。──いたとしても、一体何処を捜せばいいのか、それすらも検討がつかない。
思考を巡らせていたが、ふいに何かの気配を感じて、真郷は立ち止まった。
まっすぐ続く道の先に、白い獣がいた。



