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深見家を出て暫く村の中を歩いたが、奇妙なことに村人にまったく会わない。
ひぐらしが鳴いている以外は、他の生命の活動を感じない。
「──小夜子は、家にいるのかな」
朝霧の家に行けば会えるだろうか。父親に出くわすのは嫌だったが、何かに突き動かされるように真郷は小夜子の自宅へ足を運んだ。
村の外れにある、荒れ果てたその家は昔と変わらなかった。
庭には相変わらず酒瓶が転がっていた。何か変わったとすれば、以前は小夜子や夏哉がある程度の手入れを行っていたので雑草などはあまり生えていなかった。しかし今は、何ヶ月も放置されていたかのように得体の知れない草花が根を張り、庭を埋め尽くしている。
「これは……」
その惨状に驚きながらも、真郷は庭に足を踏み入れた。
人の気配はなく、静寂そのものだ。
辺りを見回しても、人影すらない。
玄関の呼び鈴を鳴らしてみても、中から反応は帰ってこなかった。悩んだ末に入り口の戸に手を掛けたその瞬間。
「おい、俺の家でなにしてやがる」
真郷は息をのんだ。声の主は、小夜子でも、夏哉でもない。
──一番会いたくなかった人物だ。
ゆっくりと振り返る。
そこには、やはり〝あの男〟がいた。
数年経った今でも、その風貌はまるで変わっていない。うつろな瞳も以前出会った時のままだ。小夜子に暴力を振るい続ける父親。その醜悪な存在に、真郷は眉をひそめた。
だが反対に、小夜子の父は真郷を見て目を見開いた。
「百合絵さん……」
ぽつりと呟かれたその言葉を、真郷は聞き逃さなかった。
それはまさしく、真郷の母の名前だった。確かに真郷は母親似であり、成長して彼女と同じ黒髪に戻した今、その風貌はより近いものになったかもしれないが。
だが小夜子の父親が、どうしてその名を呟くのだ?



