かならず彼女をこの村から連れ出して、父親の暴力から救うのだ。
彼女がこれ以上悲しまないように。

そして、今度こそ約束を守るために。

懐かしい夜叉淵の緑の匂いを深く吸い込む。
相変わらず寂れたバス停だ。他に人の姿もない。

今日は御夜叉祭の日だから、村人たちは準備に追われているのだろう。

まだ陽は高いが、五年に一度の村祭りなのだ、おそらく気合が入っているのだろう。そんなことを考えながら、真郷は深見屋敷に向かって歩き出した。

実は、小夜子のこと以外にも、真郷には気になっていることがあった。それは、愛犬の九郎のことだ。バスで村を出た真郷は、九郎をペット運送の業者に頼んでいた。しかし、東京に到着してから母の電話によってショックを受けた。

「真郷、大変なの。九郎が……」

慌てたような口調に、嫌な予感がして胸がざわついた。

「雷に驚いたみたいで、首輪の鎖をちぎって逃げてしまったの」

九郎が雷に驚くような犬ではないことは、飼い主の真郷が一番よく知っていた。しかし、母の言っていることは嘘ではないのだろう。だって、そんな嘘をついたところで彼女にはなんの得もないのだから。村中を捜しまわったが、ついに九郎が戻ることはなかった。

その知らせを受けて、しばらく真郷は落ち込んだ。九郎に会うのを楽しみにしていてくれた父も残念がっていた。新しく犬を飼うとか、そういう問題ではない。すでに九郎は真郷の家族で、大切な存在だったのだ。その代わりなど、どこにもいない。

だから、もしかしたら。自分がこの村に戻れば、九郎も帰ってきてくれるのではないだろうか。

そんな期待を、心に宿していた。