そうして、16歳になったら東京に戻ると約束し、真郷は夜叉淵にやってきた。
相変わらず、母のことは好きではない。
この村のことも、好きになれない。
「俺がこの村で好きなのは、小夜子と夏哉だけだよ」
寂しそうに、真郷は微笑んだ。その表情はさきほどよりいくらか柔らかいものに変わっていたが、それを見た小夜子はあふれる涙を止めることができなかった。
「ごめんね。私、知らなくて──こんなの聞いたら、帰るって言っても、真郷くんのこと責められない。それに真郷くん、自分だって辛いのに、いつも私のこと心配してくれてたんだよね。それなのに……」
うつむく小夜子の頭を、真郷は優しく撫でた。
「ほら、そういう顔しない。俺は小夜子に笑ってて欲しいからそうしたんだ。だから、笑って」
そうやって、真郷はいつも自身より他人を心配する。
いつだって、他人を優先する。
「真郷くん、大好き……」
それならば。
自分はその分、真郷がそうしてくれたように、彼を愛そう。
自分の何倍も強くて脆い、この愛しい人を。
二人は再び身体を寄せ合った。
その儚い幸福こそが、二人にとっての真実だった。



