その時、なんのはずみか辺りを照らしていた懐中電灯が転げ落ち、視界が闇に包まれた。
「明かりが──」
それを拾い上げようと真郷が手を伸ばしたとき、ぐらりと身体が傾く。
「きゃっ!」
バランスを崩した二人は、そのまま床に倒れ込んだ。なにが起こったか、小夜子は最初理解できなかったが、真上で真郷の声がした。
「小夜子、大丈夫!?」
痛いところなどはなかったので、ゆっくりと頷く。
「う、うん……」
ただ、胸に妙な熱を感じる。伝わる感触からして、恐らく真郷の手だ。本人は全く気が付いていないらしく、小夜子の心配をしている。だんだんと、暗闇に目が慣れてきた。
「でも、あの、真郷くん──」
「え?」
真郷のほうも、ようやく状況を理解したらしい。ごめん、と謝りながら慌てて引っ込もうとした腕を、小夜子は引き止めた。
「お願い……真郷くん、このまま私を……」
それは夜叉の花嫁に選ばれた少女の切なる願いであり、最後の望みだった。
「私を、奪って」
それは悲痛な叫びでもあった。
巫女になる絶対条件は〝処女であること〟だ。ならば、オシルシが現れたことを誰にも知られず、祭りが始まる前に純潔を失えばいい。
この世でただ一人、愛した人の手によって。
そうすれば、ずっと真郷といられる。
そうすれば、夏哉が悲しむこともない。



