慈愛に満ちていた頃の面影もないその姿に、小夜子は狂気を垣間見た。
「そんな言い方ひどいよ。ナツだってお母さんの子供でしょう!?」
小夜子の言葉に、母は笑うのを止めて目を吊り上げた。
「違う!あの子は──あの子は私の夏哉じゃない!」
まるで夜叉のような形相で、母はヒステリックに叫んだ。思いがけない反応に、小夜子は肩をビクンと震わせ、母を凝視する。
母は荒い息を整えながら続けた。
「あんな子は夏哉じゃないわ。本物の夏哉は……」
「やめて!」
母がその禁忌を口にする前に、小夜子は叫んだ。
「わ、私はお母さんとは行けない……ナツを置いてなんか行けない。この家に残る」
「小夜子……」
「ごめんね。でもお母さんは、私が居ない方がきっと幸せになれるよ。今までありがとう」
自然と涙が溢れた。
いつのまにか母も泣いていた。
「ごめんね」
そう言って、母は小夜子を抱き締める。母の優しいぬくもりが懐かしく、小夜子は更に泣いた。
どうして壊れたのか。どうして変わってしまったのか。
とめどない涙が、そんな疑問を掻き消すように溢れては、紅い頬を濡らした。



