それだけではない。
今まで人並みに睦まじく暮らしていたはずの家族が、急速にバラバラになっていった。
「夏哉、夏哉は悪い子ね。またこんなに服を汚して……」
遊びに出掛けた先で、歳上の子供達に虐められた夏哉が、泥まみれになって帰宅した時のことだ。
母はノイローゼのようにうわ言を繰り返すと、夏哉の頬を張った。母は、今まで子供に手をあげたことは一度もなかった。
それまで小夜子と夏哉、とりわけ夏哉を溺愛していた母が、頻繁に夏哉に対して手をあげるようになったのだ。
そして父は、些細なことで激昂し、小夜子に当たり散らすようになった。ときどき彼も手をあげたが、何故か夏哉の『顔』だけは殴らなかった。
それらはほとんど虐待に等しいものだったが、頼れる者のいない姉弟は、ただじっと耐えるしかなかった。
それまで優しかった両親の豹変は、幼い二人の心に深い傷を残した。



