「いらっしゃいませ」

 マスターは上品に発してコースターを男の前に置く。

「何になさいますか?」

 ささやくように問いかけた。

「ブラッディマリー」

 青年は唐草模様をあしらったコースターを見つめながら答える。

 これは彼女の好きだったカクテルだ。未練がましいな、目を細めて赤い液体を見つめた。

 別れの言葉をいともあっさり受けておいて結果がこれか?

 グラスのふちを指で撫でつけながら薄く笑う。

 彼女と別れたかったワケじゃない。

「別れる」「別れない」のケンカが格好悪いとか、めんどくさいとかそういうんじゃなくて。

 ただ、彼女を困らせたくなかった。