パトカーはサイレンを鳴らし、あるマンション前に止まった。マンションの前には多くの野次馬と、その行く手をさえぎる警察官が並んでいる。そこを通り過ぎ、駐車場にあるビニールシートで囲まれた中へ入って行く。その中には40過ぎの男性が胸に包丁をさしたまま亡くなっていた。

「こりゃひでぇ」

先輩の松村さんが遺体に手を合わせる。松村さんは刑事って言うよりデカって感じの人だ。情に厚くて、おおらかな人。

「佐藤、被害者の身元は?」

「すいません、確認できるものを何も持っていなくて…」

「そうか…」

佐藤は俺のこと。まだ刑事になって日が浅い下っ端だ。

「ちょっ、君!待ちなさい!」

野次馬を止めていた一人の警察官の声に振り向く。そこには血相を変えて走ってくる黒いスーツに身を包んだ女の人がいた。

「やだっ!離してよ!」

彼女は警察官に捕まり、手足をバタつかせている。その顔はあまりにも必死で、その様子から被害者の知り合いなのだろう。その事に松村さんも気付いたのか、彼女のもとへ向かい、彼女を落ち着かせているようだ。

少し話した後、彼女は落ち着いたのか、手を解いてもらい、ゆっくりとこちらに向かってくる。

「大丈夫ですか?」

そう聞くと、小さくえぇとつぶやいて、遺体のそばに座る。その顔は今にも泣きそうだ。

「突然のことで驚いたでしょう。さっそくで悪いのですが、彼の身元を教えてはくれないか?」

すると彼女は急にしれっした顔をして


「誰ですかこの人?」


とかいいだした。……そうかあまりのショックで記憶が…

「なーんちゃって!ジョークよ、ジョーク、刑事ジョーク」

なにこいつ?叩いていい?刑事ジョークってなんだよ!
松村さん、衝撃のあまり固まっちゃったじゃないか!

「で、あんた誰よ」

呆れ半分、苛立ち半分で聞いてみた

「あー、私は今日からここに配属された近藤奏九(かなく)

あんたの後輩だよ。よろしくね」

こいつ刑事なの?
職場一緒なの?
それより、後輩なのにタメ口なんだ。