首筋に牙を突き立てたまま黒い獣は血のような紅い瞳を輝かせていた。





黄色の瞳が開くことはない。





執事はここから早く遠くへ行くことを考えながらも肌が総毛立つのを止めることが出来ない。
本能が警告していた。
あれはまずいと…。






鼻を高く掲げ大きな咆哮を上げる。





そして…。






此方を見つめた。






気がついた…。それは死を意味する。
この香りは…。






「ジョーカー…。私が…囮になりますから戻って下さい城へ…。」





「ダメよ…。」
凛とした声だった。






「あれはまずいようです。あんな魔物は見たこともない…。バンパイアを殺す程の…。」






無事に逃がせるかもわからない。





ゆっくり結界から出ようとする。





「グラス…。ごめんなさい私は…。」





後ろに後退る魔女…。






発光する地面に咄嗟に飛ぶも結界から出られない…。





「ジョーカー!…。ローズ様…。」






魔女はゆっくりと一人で黒い獣の元へ。





一輪の薔薇は漆黒の獣に問いかける。






「ノア?」






紅い瞳が揺れていた。
炎を宿すように…。
キラキラと煌めく。






月が出ていた。
銀の三日月。
灰の雲は散り散りに流れる。
赤い小さな星が輝いていた。





漆黒の獣が炎に包まれた。
そこに立つのは…。
愛しいバンパイア。






「…。」





「やっぱりノアだったのね…。」






「あの姿は見られたくなかった。」






「貴方の…。全てを見せて。私の全てを見せるから教えて…。」





「私は…。俺は化けもので呪われた存在だ。」






「ノアはノアよ。」






「母の血が封じる魔力…。父の血が解放する魔力…。俺は忌むべき存在。血の封印が解ける日に…。」