王だけの部屋に入りながら名を呼ぶ…。
「ネージュ様…。」






そこは氷の世界…。
不純物の一切ない白銀とクリスタルの部屋。
魔力が作り出す幻想的な偽りの世界…。





流れることのない氷の川に揺れることのないクリスタルの木々がそびえる。




氷の蓮が無数に咲いている。
その上を氷の小さな蝶の群れが雪の粉を振り撒いていく。
指で持て遊びながら王は横たわる。






「何だ?」






「ジョーカーが…。」






「知ってる。」






「…。」






「血の封印は完璧だ。」





クリスタルのシカが紙の束を渡す。
「暗部に届けてくれ…。」




もう一つ…。
固く閉ざされた羊皮紙のものがある…。





「それはグラスお前に頼みたい。」





「御意…。」






顔を上げればアイスブルーの瞳。
そのまま体が勝手に引き寄せられる。






キスが降りていた。
「ネージュ様…。」






王だけの部屋に雪の粉が降り積もる。
結界は完璧に二人を隠す。
隠したのは姿かそれとも…。




羊皮紙の中は…。






極秘に風を呼び寄せよと…。





ここにも、何処にも…。月などありはしない。






あるのは白い大地…。





全てを拒絶する。
全てを凍てつかせる。
宝玉のみ…。
見えない指輪、真の姿は氷の宝盾。






堅い堅い氷の結晶。






王の心は…。ここにない。
雪の楽園に月は見えなかった。





執事はただ身を任せた。この気持ちは届いているだろうかと…。内震えるこの想いを…。も
届かなくても…。それでも…。





主はただ一人…。






雪の粉が降り積もる。
作り出された偽りの楽園に。





蝶が飛ぶ…。
さ迷う心は何処に行くのか…。





執事を抱きしめる…。アイスブルーの瞳は月のない虚空を仰ぐ。






いつも欲しいものが手に入らない。






「母上…。」






愛したなら心を捧げなくては…。
玉座から貴方は逃げられない。
高貴なる血が…。魔力が…。
私の愛が…。






白い宝石と共に…。






「運命か…。皮肉すぎて笑えるな。」






眠る執事を抱きしめる…。





心は…。いらない。






刃向かうものには罰を…。