To.カノンを奏でる君

 幸場病院に着くなり、花音はタクシーを飛び出した。その後に美香子が続く。

 直樹は清算をし、遅れを取りながらも祥多の元へ向かった。


 バタバタと走り回るが、誰一人として花音を叱りつける者はいなかった。

 いつもならば誰かが叱りつける。今日それがないのは、皆何らかの事情を察しているからだろう。

 この幸場病院で祥多と花音を知らない者は少ない。大体決まった時間に、心地好いメロディーを奏でる事で有名なのだ。

 誰も邪魔する事のない全力疾走。花音は脇腹の痛みを堪えながら、白と緑の空間を駆け抜ける。


 祥多はどんな状態なのだろうか。祥多は大丈夫なのだろうか。祥多は──。

 延々と祥多の安否の事だけが脳内で繰り返される。


 何度も何度も最悪な状態になった。しかしその度に、祥多はギリギリのところで踏みとどまっていた。


 必ず、戻って来たのだ。


 だからこそ花音は信じている。今回もまた、祥多は戻って来ると。その想いだけが花音を正気でいさせた。


「お願い…祥ちゃん…!」


 泣きそうな声で祈り呟く。


 どうか生きていて、元気に走り回るところを見せて下さい──。


 二階三階と階段を上るとともに上がる息、高まる動悸。


 膝の力が抜け、崩れそうになった花音を直樹が支える。花音はすぐさま立ち上がり、直樹に礼を言った。

 そしてまた、走る。一分一秒ですから無駄に出来ない。