「ほら、早く行きなさいよ」


 足を組み、頬杖ついて祥多を見据える直樹。

 初めに諦めた方がいいと思ったのは花音の方だった。


「祥ちゃん、行こ。直ちゃんはいいって言ってるんだから。ね?」

「さっすがノンノン! 分かってるわね!」


 満面の笑みを向けられた花音は、引き攣った笑みを浮かべた。

 先程のあの優しい雰囲気の直樹はどこへ行ってしまったのだろうか。

 一瞬にして、苛立っている様子に変わってしまった。


「じゃあ、直ちゃん。気をつけて帰ってね」

「ありがと。また明日ね」


 ひらひらと手を振る直樹。

 祥多は若干納得のいかない顔をしながらも、じゃあなと挨拶をして花音と並んで歩いた。


「花音。どうしたんだ、アイツ」

「分かんないよ、私にも。さっきまで優しかったのが急に変わっちゃったし」


 来た道を戻りながら、祥多と花音は言葉を交わす。

 直樹はそんな二人の様子を見つめていた。


 辺りはもう薄暗い。


「はぁ…」


 直樹は暗い色に染まり始めた空を見上げ、溜め息を吐いた。


 近頃、祥多の相手をすると妙な苛立ちを感じる。

 葉山美香子と仲良くしている祥多に、というのは明確な理由である。しかしそれよりもっと深い理由がある事を、直樹はよく分かっている。


 祥多が美香子と仲良くする事で一番傷つくのは花音だ。

 傷つく花音を見るのが嫌だから、自由気ままな祥多を見るのが嫌だという身勝手な思いが苛立ちの原因。


 ──直樹の幼なじみの天秤は釣り合っていない。実は花音の方が重いのだ。

 それにはちゃんと理由がある。


 そして誤解して欲しくないのは、花音の方が重いからと言って祥多は大事ではない、などという事は決してないという事だ。