「あの、新明くん…?」

この声だ。
高すぎず、低すぎず
柔らかなこの声。
夢の中で何度も聞いた…


乾いた唇を一度舐めると、俺は言った。

「失礼ですが?」

わかってる、そんなこと訊かなくても!
わかってる!


「葉山、博子です」

そうだ!
おまえは俺が会いたくて会いたくて
仕方なかった、博子だ!

そんな叫びが、思わず飛び出してきそうだった。


「…人違い、ですよ」

この一言を口にするのに
どれほどのエネルギーがいっただろう。

おまえが手の届くところにいるのに、手を伸ばしてはいけない。

俺は背を向けた。


「あの、ちょっと待って」

待つわけねぇだろ!


固く目を閉じ、俺は煙草を吸った。

早くここから立ち去りたかった。

博子、
おまえにこんな俺の姿を見せたくない。
こんな…


「亮二、お待たせ」
その甘えたリサの声にいつになくホッとした。

そして俺の腕にからみつく。


なぁ見ろよ、博子。

俺はおまえの知ってる
新明亮二なんかじゃねぇよ。

横顔に痛いほどの視線を感じながら、
俺はリサの腰に手を回した。

アザのある右手を
ポケットに突っ込んで。