「ほらよ」
ホテルの一室で
俺はシャブの入った小さなパッケージを女に渡した。
「ありがと」
と嬉しそうにバッグに入れる。
「亮二はやんないの?
気持ちいいよぉ。
嫌なこと全部忘れられるし」
みんなそう言う。
何もかも、全部吹っ飛ぶって。
「俺はやんねぇよ」
「なんで?」
「忘れたいほど嫌なことなんてなかったからな。楽な道だけを選んで、能天気に生きてきたんだよ」
「ふぅん」
女は鏡の前で
長い髪をとかしはじめた。
「逆に忘れたくないことがあるから、できないんじゃないの?シャブ」
鏡越しにベッドの中の俺を見る。
目が合った。
俺のその瞳に何かを感じたのだろうか。
「やだ、冗談よ」と女は慌てた。
俺はおもむろに煙草をくわえる。
女は俺の機嫌を損ねたとでも思ったのか、
鏡を通してチラチラ見る。
忘れたくないことがある…か。
女にとっては何気ない言葉だったのだろう。
俺は、立て続けに煙草を吸った。
でも、2本目を吸い終わっても
気持ちはすっきりしなかった。
女の言葉が
全くの的外れなわけでもなかったから…


